小学生の英語の授業が始まる!

教育改革

はじめに

 最近まで、私は進学塾で、小学校の算数と理科の講師をしていました。「じゃあ、なせ英語の話をするんだ!」と言われそうですが、人生というのは成り行きで出来ているところがあって、5年ほど前にたまたま塾直営の「英語村」の企画が持ち上がり、それまで塾の広告や企画の仕事を任されていた流れで、「英語村」にも関わることになりました。

 しかし、成り行きとはいえ、そのときの経験はめったにできるものではなかったと思っています。
 そこで、英語村に関わる中で英語学習について知ったこと、気付いたことから、小学生の英語教育を深掘りすることにしました。

 本題に入る前に、以下の文を、「子どもが英語でコミュニケーションが取れることを願う」親御さんへの「エール」とします。

 世界で英語を話す人のうち、半分以上はネイティブではありません。なぜなら、英語が世界の共通語であり、ネイティブ以外も英語を話す必要がある人が多いからです。

 「バベルの塔」の話はご存知でしょうか。人類が天に届く塔を作ろうとして、神様の怒りに触れ、天の雷で破壊されたという話のことです。そして、この話には続きがあって、神様は再び人類が協力して、大それたことを考えないように、それまでの「世界に一つ」しかなかった言語を、いくつもの言語に分けてしまったのです。

 それから、長い年月が経ち、「未来が見えなくなってきた今」があります。世界の人たちは否応なく、協力しなければならなくなり、再び共通の言語を持つ必要が出てきたのです。そして、その言語がたまたま英語だったのです。
 

日本の英語レベルと英語教育の現状は?

 上記は、「先進国の英語力」をTOEFL IBTの国別平均点のグラフにしたものです。
まず、1位の北アイルランドのように公用語が英語の国は、とりあえずは当たり前ということにしましょう。

 上位国で不思議なのは、4位のベルギーとデンマークです。両国とも英語は公用語ではありません。それにもかかわらず、圧倒的な英語力です。

 実は、ベルギーは国際機関の拠点が置かれていることで、否応なく英語を使う環境があるのです。
 また、デンマークはベルギーのような環境があるわけではありません。しかし、国が英語を使うことを奨励しているのです。

 以上のことをまとめると、「公用語が英語以外の国」で英語力が高いのは、「嫌でも英語を使う環境にあること」「国が英語教育に本腰を入れていること」の二つのパターンがあることがわかりました。

 日本は、出足は遅れましたが今回の「学習指導要領の改訂」で、遅れを取り戻そうと、必死なのがわかります。
なお、「新学習指導要領」に関しての詳細な記事は、「『新学習指導要領』で変わる学校」をご覧ください。

日本の英語教育への取り組み

 「新学習指導要領」では、「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力、人間性」の3つの柱からなる「資質・能力」を総合的にバランスよく育んでいくことを目指しています。しかし、いくら能力を上げたとしても、グローバル化が加速していく中で、世界の人たちとのコミュニケーションがとれなければ、世界の中で戦ったり、協力したりできないのです。そのコミュニケーションのためには、世界の共通語である英語の「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能が必要になります。

 具体的に新学習指導要領で英語教育がどうなるのか見てみましょう。以下の資料は、文部科学省のサイトから引用しました。

学習指導要領実施予定



小学校の英語教育

 以上のように、2020年4月から(2018年から先行実施している学校もありますが)、小学校3・4年生は英語に親しむような授業になります。教科として正式にスタートするのは小学校5年生からになります。教科ですから、成績をつけることが義務付けられているのです。今までは「算数」と「国語」に目が行きがちでしたが、「英語」も疎かにできなくなるのではないでしょうか。

 もう小学校では英語の授業がスタートしているのですが、保護者の方は実感があるでしょうか?
 小学生のお子さんをお持ちの保護者の方の多くは、英語は中学生になってからという時代に育ったと思います。しかし、これからの小学生は授業に英語が組み込まれるのです。私も含めて、自分の経験した英語教育のロードマップを書き換えなくてはならないと思います。

 以下は文部科学省の学習指導要領からの引用です。

<活動型の中学年(3・4年生)外国語活動の目標>
外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ、外国語による聞くこと、話すことの言語活動を通して、コミュニケーションを図る素地となる資質・能力を育成することを目指す。

引用元:小学校学習指導要領(平成29年告示)
授業形態活動型
授業時間数年間35単位(1単位:45分)
評価方法数値ではなく、
文章などの記述による評価
小3小4
1数、身の回りの物1世界の色々な挨拶の仕方
2好きな色、好きな物2天気と遊び
3アルファベットの大文字3好きな曜日
4色や形4時刻
5身の回りの物5持ち物・文房具
6人・動物6アルファベットの小文字
7学校・教室

<教科型の高学年(5・6年生)外国語活動の目標>
外国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ、外国語による聞くこと、読むこと、話すこと、書くことの言語活動を通して、コミュニケーションを図る基礎となる資質・能力を育成することを目指す。

引用元:小学校学習指導要領(平成29年告示)
授業形態教科型
授業時間数年間70単位(1単位:45分)
評価方法他教科と同様、数値による評価
小5小6
1アルファベットの文字・自己紹介1自己紹介
2行事・誕生日2日本文化
3学校生活・教科・職業3世界で活躍する日本人
4行ってみたい国や地域4住んでいる町・地域の将来
5料理・値段5職業・将来の夢

英語の授業の問題点

1)教師の問題

 小学校の英語はだれが教えるかというと、学級担任になります。学級担任は、子どもたちと過ごす時間が長く、他教科も教えているため、他教科との関連を利用して、生徒の興味を引く授業が展開しやすいという利点があります。

 しかし、一方で、今授業に立っている担任教員の多くは教職課程で外国語指導を学んでいません。そのため、研修を通して指導力を強化することに加え、英語を用いた体験的な言語活動の指導を行うための英語力向上も必要と考えられています。しかし、日々の職務に加え研修を受けることは、現状ですら教員の働き方改革が望まれている状況を考えると、現実的ではないような気がします。
 そこで、文部科学省は教員が持続的に学べる機会を充実するために、オンラインでの学習環境を整えることを今後の取組として掲げています。

学級担任の教師または外国語を担当する教師が指導計画を作成し、授業を実施するにあたっては、ネイティブ・スピーカーや英語が堪能な地域人材などの協力を得る等、指導体制の充実を図るとともに、指導方法の工夫を行うこと。 

引用元:小学校学習指導要領(平成29年告示)

以上のように、文部科学省はALTや地域人材を採用することを推奨していますが、地域差が大きく、人材が不足している地区が多いのが現状です。

2)低学年から始める効果の問題

『科学的トレーニングで英語力は伸ばせる!』(マイナビ新書)などの著書で有名な、立命館大学大学院教授の田浦 秀幸氏の研究の科学的なアプローチが素晴らしいので、引用させていただきながら、説明をします。

<科学的視点から見たバイリンガルの利点>

バイリンガルのメリットは、大きく二つあります。

①一つ目は、クリエイティブ思考に脳の容量をうまく割くことができる点です。



 バイリンガルの子は、小さい頃から二つの言語を聞いているので、左脳の言語野だけを効率的に使って日本語と英語を話す力が自然と身につきます。
 一方、ある程度成長してから英語に接すると、右脳を使って理解しようとします。右脳は本来、クリエイティブ思考に関わる部分なので、バイリンガルの子どものほうが右脳をクリエイティブな発想に使えるのです。

②二つ目は、ワーキングメモリの柔軟性が高い点です。

 バイリンガルの子どもは、話し相手によって自然と言語を切り替えられるようになります。これは「コードスイッチ」と呼ばれて、柔軟な発想に結びつくと考えられています。

<年齢相応の読解力と文章力を目指したい>

 「他人は、自分とは違う考えを持っている」と認識する力は、幼い子どもは弱く、他人も自分と同じように考えていると思い込んでいますが、8~10歳くらいになると、他人と自分の考え方が異なっていることを理解し始めます。しかしバイリンガルの子どもは3~5歳とかなり早くその時期を迎えます。
 これがこれが小学校低学年まで、バイリンガルの認知力の優位性につながります。

 ただし、これらは、どちらか一つの言語で年齢相応のCALP(認知学習言語能力)を身につけていないといけません。簡単にいうと年齢相応の国語力のことです。

 しかし、日本語も英語も年齢相応のCALPがある本当のバイリンガルは数%未満です。
子育てが目的なら、そこを目指すより、どちらか一つの言語だけでも年齢相応のCALPを獲得することの方が大切です。

<問題はセミリンガル、中途半端はよくない>

 CALPと対になるのが、BICS(日常的な会話能力)です。日本の子どもがアメリカに行くと、通常BICSは1~2年で習得できます。しかしCALPの習得には6~10年ほどかかるのです。認知能力が順調に育っている小学生の段階で教育言語が変わると、英語でのBICSを身につけながら、日本語CALPの伸長を継続しないと、どちらの言語でも年齢相応に達していない不幸な状況に陥ります
このどっちつかずの状態が「セミリンガル」で、最も避けるべき状態です。

 大切なのは、自分の子どもに年齢相応の国語力があるかどうかをしっかり見極めること。そして、母語だけでもしっかりCALPを習得させてあげるのが親の一番の責務なのです。英語学習はそのあとで十分です。

 一般的にバイリンガルは、2言語でBICSを持っているので羨望の対象になりますが、2言語とも年齢相応レベルのCALPに到達して、はじめて認知的に優位に立つのです。保護者や教育者が最も気をつけないといけないのは、両言語ともにCALP力が年齢相応にない子どもの対応です。

 小学校の英語に関しては、文部科学省が「新学習指導要領」の導入を決め、実施し始めているので、もう後戻りはできません。
保護者の方は、この現状を受け入れたうえで、子どもにとって最良の選択をしていただきたいと思います。

 英語村に来られる保護者の方は、「ネイティブの先生」を希望なさる方が多いのです。つまり、英語を訛りのない発音で習得させたいという気持ちからなのです。この部分に関しての持論を述べることをお許しください。

 例えば、国連総会などの演説で話されている内容は非常に高いレベルであることは間違いありません。では、英語の発音はどうなのでしょうか。多くの国の代表の話す英語は独特の訛りがあると思います。しかし、話す内容は参加している国の代表にきちんと伝わっているのです。私は、それでいいと思っています。反論もおありでしょうが、言葉はコミュニケーションの手段ですから。

3)他の教科への影響

 英語の授業が小3・小4で35単位小5・小6で70単位になるので、他の教科に影響が出るような気がします。
文部科学省は、授業時間が全体として増えることを避けるため、現状は年間70コマある「総合学習」を55コマまで減らし、その分を英語にあてることも認めるとしています。また、国語や算数などのように教科書を使い、学ぶ範囲が決まっている教科は減らすことができないため、「各学校で目標を決める総合学習を弾力化するしかない」との判断からだそうです。

 そのほかの対策としては、モジュール授業と呼ばれる、始業前の時間や、昼休み後の隙間時間などに15分程度の時間を英語の授業に使うなども提案しています。15分×3回=1コマ のように計算するという苦肉の策です。

 2020年度から新指導要領が全面実施されています、文科省は学校現場の負担増への対応策を打ち出していません。このために、長期休暇を短くしたり、1日の授業時間数を増やしたりする必要もありそうなのです。教員の長時間労働が既に問題となって久しいのですが、議論が起きるのは必至だと思います。
 ※コロナ禍が重なり、状況はより複雑化しています。

中学校の英語教育

 上の「学習指導要領実施予定」のように、中学校は2021年度から全面実施されます。一部の中学では移行期間として実施しています。そして、文部科学省は「英語の授業中の発話は全て英語で行う」ように指導しています。本当に可能なのでしょうか?

 2018年の文部科学省の調査では中学の英語の授業で、発話の75%以上英語を使っていた教師は20%に満たなかったのです。文部科学省では英語の授業の手伝いをする人材を求めてはいますが、全く足りない状況です。

 2020年の7月時点で、塾の中学生にどの程度英語で授業しているか聞いてみたのですが、学校の授業では、教材を読んだりは当然英語ですが、授業の説明などその他の発話部分では、それほど英語を使ってはいないという生徒が多かったのです。ただ、地域差や学校差もあるので、全国的に同じ状況とは言えませんが・・・。

 理想の授業は、最初から最後まで英語で授業をして、なおかつ生徒が盛り上がり、しっかり習った英語が頭に残る授業です。
しかし、現状を見る限りかなり程遠いと言わざるを得ません。

 余談になりますが、そんな魔法みたいな授業はありえないと思うかもしれませんが、かなり近い授業を見たことがあります。
 T予備校に安河内哲也先生という英語のプロフェッショナルがいます。私がかつていた塾で、先生に公開授業をお願いした時、その授業を目の当たりにしました。安河内先生は予備校の講師の活動だけではなく、文部科学省の英語の4技能推進に多大な影響を与えた先生です。実際の授業は下に貼り付けた「大分県教育庁の安河内先生のモデル授業」をご覧ください。高校生対象の授業ですが、全英語+アクティブラーニングの授業を体験できると思います。

 しかし、今ここで言いたかったのは、全て英語で授業をして、生徒を引き付ける求心力のある授業をするのは、かなりハードルが高いということです。確かに、安河内先生のレベルまで行かなくても、全英語の授業はできるかもしれませんが、現時点の中学校の英語教員の多くは英検準一級やTOEIC 730点という基準をクリアしていない統計があります。そして、TOEIC 730点というのは、高度な英語力とはいえず、やっと業務上のコミュニケーションができる程度です。

 今述べたことは、中学校の英語の先生を非難しているのではなく、その高いハードルを文部科学省は、現場に丸投げしている感じがするということです。今のままでは絵に描いた餅の新教育改革になってしまうのではないかと心配しています。

 全英語の授業をするための研修制度であったり、モデル授業のネット配信であったり、ALTの増員であったり、現場の先生のハードルを低くしてあげなければ、先生はパンクしてしまいます。ただでさえ、コロナ禍で大変な状況なのに、「働き方改革」どころではないと思います。

最後に

 小学校の英語教育は文部科学省主導で、低年齢化・4技能習得型に大きく舵を切りました。当然、グローバル化の中、良い方向に向かっているのは確かです。どちらかというと遅すぎたくらいなのです。日本語と同じように、「英語を習得するのに時間がかかる言語」を持つ中国・韓国などはかなり前に英語教育に力を入れ始めています。

 方向性は良いのですが、準備不足の感は拭えません。大学入試改革で4技能を謳ったのもよかったのですが、結局、民間試験は地域や費用の面で不公平感があったり、何種類ものテストをCEFRという一つの基準で測ろうとすることに批判的な人が多かったことが災いして、2020年度の共通テストでは、採用されませんでした。つまり、準備不足です。

 また、今回の記事で述べたように、英語教育に焦りすぎても「セミリンガル」を生み、子どもたちの成長を曲げてしまうのも問題です。保護者の皆さんには、子どもをバイリンガルにできる状況か否かを、見極めていただきたいと思います。

 英語を自由に操れるようになることは、子どもにとって将来有利に働きます。しかし、一歩間違えれば、全教科の学力に影響を及ぼしてしまうことを、覚えておいてほしいと思います。

 今回の記事が、皆さんのお役に立てればとても嬉しいです。 (take_futa)

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